2024年12月15日
士師記 13:2-14
「先駆けて告げる者」
今日、主の御使いが一組の男女の許に現れ、子どもが授かるだろうと告げました。この子どもとは士師として生まれるサムソンの事です。士師という言葉はあまり馴染みの無い言葉だと思います。
士師とは、ショーフェートというヘブル語の単語を漢語に訳した際に充てられた言葉で、「治める者」あるいは「裁く者」を意味します。彼らが活躍したのは紀元前1200年から1070年の間、荒れ野での放浪を経てカナンに至った後の時代で、彼らの担った働きは信仰的指導から政治的指導、さらには軍隊の指揮にまで及びました。
イスラエルの民は常に士師を立てていたわけではありません。周辺の国々の多くは世襲による王による統治を導入していたのに対し、イスラエルの民は王制を選択していませんでした。それぞれの部族が必要に応じて協力しあって、様々な事柄に対処する、緩やかな部族連合の形を取っていました。
部族間に解決の困難な問題が発生すると、主の御言葉によってこの問題を解決に導く者として士師が立てられていました。また士師として立てられたのは男性のみに限りません。イスラエルを圧迫していたカナンの王ヤビンを軍事力によって撃破したのは、デボラという女性です。
士師の役割の第一は神の御言葉を取り次ぐ者でした。士師の時代には既にイスラエルの民は度々神の御心に背く行いをしていました。今日読まれた箇所の直前にも、イスラエルの人々が主の目に悪とされることを行ったということが記されています。具体的に何が行われたのか、ここでは記されていませんが、2章を見ますとこの時代にバアル信仰がイスラエルの間に入り込みつつあるということが分かります。士師にとっての闘いとは、神への背き、バアル信仰へ傾いて行く民衆の心との闘いだったのでしょう。
イスラエルの人々はカナンの土地に入ると定住を始めました。中にはそれまでの遊牧の生活を捨て、農耕へと移行する人々も現れました。ただし、農耕は決して簡単な仕事ではありません。正しい知識をもって行わなければ収穫は望めないのです。バアルは農耕の神として周辺の民族に崇められていました。バアル信仰に傾くということは、農耕に必要な知識を導入するということでもあったのです。これは定住を選択した人々にとっては大きな魅力でした。
主を忘れてしまおうとしている民を主は度々打ち、エジプトから自分たちを救い出したのは誰か思い出させようとします。そして民が悔い改める度に、主は士師を遣わして民を赦し、救ったのです。主は罪に陥ったイスラエルをペリシテの手に渡されました。これによって40年の間、イスラエルはペリシテの支配下に置かれます。この民を救うために立てられたのがサムソンでした。
神の使いがマノアの妻に現れました。後に夫マノアも御使いに会いますが、この時マノアは御使いを見たために死んでしまうのではないかと恐れました。これに対し妻は、これが原因となって死ぬことは無いだろうと、冷静かつ論理的に答えを出して夫を落ち着かせています。きっと彼女は聡明で、夫に対してもそれなりの発言力を持っていたのでしょう。
彼女は子どもを産んだことがありませんでした。聖書には不妊であると記されていますから、年齢的にもある程度の年齢、言い換えれば精神的にも成熟した年齢であっただろうことが推測されます。
その彼女に御使いが現れて、子が授かる、それは男の子で、ナジル人として捧げられていると告げます。ナジル人とは誓願を立てて神に仕える者のことで、彼らはぶどう酒や強い酒、ぶどうの実を口にしませんでした。ここで「強い飲み物」と訳されている「シェカル」は、蒸留酒であるかのように思えます。蒸留技術は既に存在していましたが、蒸留酒は一般的ではなかったようです。では「強い飲み物」とはどのような酒かと言いますと、ビールです。
現代のビールを見て「強い」とは余り思いません。口語訳では「濃い酒」となっていますが、やはりビールを見て「濃い」とも思わないでしょう。古代のビールは麦の粥に酵母が混ざって、自然に発酵したものだったそうで、糖化したデンプンがアルコール発酵するという過程のことを考えますと、甘酒のような甘くドロッとした飲み物だったのだろうと思われます。これならば「濃い」という表現も納得できるでしょう。
酒は、収穫に余裕が無ければ作れません。専門知識を持たずに農耕を行ったところで、余剰が出るほどの収穫は望めません。材料がぶどうであったにせよ麦であったにせよ、酒を避けるということは、農耕によって得られる豊かさに目を奪われないという心掛けの象徴的な行為です。主なる神さまへの信仰の純粋さを保つということであり、他の神に心を奪われないという姿勢を現わしています。サムソンをナジル人として育てるために、母親にも信仰の純粋さを保てと御使いは命じたのです。
御使いの告げる言葉を聞いた妻は夫のもとに来て言いました。
「神の人がわたしのところにおいでになりました。姿は神の御使いのようで、非常に恐ろしく、どこからおいでになったのかと尋ねることもできず、その方も名前を明かされませんでした。」
神の使いの風貌が、一般的に目にする人間の風貌とは違う何らかの特徴を持ったものであったことが分かります。彼女は、それが神の使いであるということを一目で理解しました。彼女は御使いがどこから来たのかを問わず、また御使いも名前を言いませんでした。彼女には戸惑いが見えません。「これは神さまの御心である」と、ただちに理解し、受け容れています。
彼女の言葉を聞いたマノアにとって、それはにわかには信じられなかったようです。彼は祈って、もう一度御使いを来させるようにと願います。
この夫婦は長年子どもが与えられなかったのですから、「子が授かる」と言われても信じられなくて当然でしょう。にもかかわらず、彼女らは「子が授かる」と言う御告げについては全く疑っていません。妻の言葉に戸惑う夫も、そのことを神さまに確認しようとはしていません。彼は生まれてくる子どもの育て方を確かめようとしています。
「御使いをもう一度お遣わしください。」と祈ったのは夫でした。それなのに御使いが再び妻のもとに来たので、夫は妻に従ってついて行きました。マノアが御使いに質問すると、「わたしがこの女に言ったことをすべて守りなさい。」と答えました。既に妻に言ってあるから、その通りにせよと答えたわけです。
神さまは妻を通して夫婦がなすべきことを告げられました。夫は妻に与えられたミッションを知り、理解し、それに協力しました。夫婦が御使いの言葉を信じて、協力して、生まれて来た子どもサムソンをナジル人として育てたのです。
サムソンについての評価は、正直に申し上げますと微妙なところだと思います。あまりにも暴力的だからです。それもかなり理不尽な暴力をふるいます。その結果、ペリシテを退けることはできましたが、彼自身は悲惨な死に方をしてしまいます。
ではサムソンを通して与えられた解放は無意味だったのかと言うと、決してそうではありません。確かにサムソンは、その並外れた力によってペリシテを屈服させ、退け、イスラエルは救われたのです。ただ、それは神さまが約束された決定的な救いではありませんでした。彼自身は救いの先駆けに過ぎなかったのです。
マタイによる福音書にも救いの先駆けが登場します。洗礼者ヨハネです。
ヨハネは人々に悔い改めの洗礼を授けていましたが、先駆けとしての役割を自覚していました。ヘロデに捕らえられたヨハネはイエスさまの御許に弟子を遣わして「あなたが救い主なのでしょうか」と尋ねさせます。これは少し奇妙な質問です。彼は、自分の後に来られる救い主を予告しながら、その救い主がどのような方なのか、実はよく分かっていなかったというのです。
救い主は、ヨハネの想像を遥かに超えた方で、彼は御救いの予感を得てはいても、それがどのようにして実現されるかまでは予想できなかったのでしょう。キリストは確かにヨハネの思いや想像を超えて人々を救われます。
「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。」
あらゆる悩み、あらゆる苦しみが救い主によって拭い去られます。救い主イエスさまは一人ひとりの人間と向き合い、地道に、しかし確かに人々を救われました。その御業は、豊かさや、力によっては得られないような安息を人々に与えました。その御業には、人知れず働いて、音もなく世を変えるような力がありました。そうやって主は人々を救い、悩みから解放されたのです。
私たちには救いの先駆けとしての働きが期待されています。「あなたに良い知らせがある。もう苦しまなくて良い。神さまはあなたを御覧になり、救おうと決心なさった。」と告げ知らせるのです。この決心こそが神さまの裁きです。救い主イエスさまを探し当て、命を受けるように勧める。これこそ先駆けとして遣わされる私たちの役割です。
いよいよ、御降誕が近付いています。この期節だからこそ、いつも以上に力強く福音を伝えたいと願います。
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